想いが重なるそのときに。


 

 

 

 

「あれ?中嶋さん、この前もそれ飲んでましたよね?」

 

学生会の備品が足りないから買出しに行くぞ、と中嶋さんに拉致られたのは今回で3度目。

それも7月に入ってから、である。

まだ10日だというのに、ずいぶんな頻度だ。

 

自分は学生会の役員でもなければ、彼らと特別な付き合いがあるわけでもない。

啓太のように学生会室に入り浸ってるわけでもない俺が、どうして度々付き合わされるのか。

疑問に思いつつ、今日も今日とて買出しの手伝いをしていた。

 

 

その帰り、何時ものように学園島の跳ね橋付近でバスを降りた俺たちは、そこにある自動販売機で飲み物を買って一息つく。

海風に吹かれながら言葉を交わす時間は、いつも穏やかで優しいものだった。

 

「それ、好きなんですか?」

 

何度か此処で休憩しているけれど、いつも中嶋さんが購入するのは決まって同じスパークリングウォーター。

缶コーヒーでも飲みそうなイメージなのに、と不思議に思っていたものだ。

 

「・・・・・好きか嫌いかで言えば、そうだな」

「しょっちゅう飲んでるくせに、素直じゃない」

「余計なお世話だ。それにしても遠藤、良く覚えているな」

「え?」

「人が何を飲んでいるかなんて、あまり気にも留めないだろう?」

「そりゃほかの人ならそうですけど。現に王様が何を好き、とかなんて知らないし」

「・・・・・・ほう?」

 

すいっ、と細められた瞳に、何かまずいことでも言ったか?と自分の言葉を思い返す。

 

えーと、王様が何を好きかは知らない。

ほかの人は気にも留めない。

 

ほかの人、は・・・・?

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわっ」

「なんだ?」

「い、今のなしです!!」

「男らしくないな」

「何がですか!」

「ものの数秒で自分の発言を撤回するのか?」

 

実に男らしくない。

 

意地悪げな笑みを浮かべた中嶋さんの言葉は、俺を追いつめるものでしかない。

まるで、告白のような言葉を口にしてしまった事実を目の前に突きつけられ、動きの悪い頭を必死に巡らせた。

 

だって、こんな弾みで言うつもりなんかなかった。

 

カッコ良くて、頭も良くて、スポーツも出来て、文句なしにモテる人。

彼を好きになる女の人なんか山ほどいたし、世間に公言できない恋でも構わないという男も大勢いることを知っている。

 

俺だって、そんなうちの1人。

皮肉屋で人使いが荒くて意地悪なだけの人だと思っていたのに、分かりづらい彼の優しさに気づいてしまってからは、目を離すことなんて出来なくなっていた。

 

誰にも言えないけど、でも、好きでいるだけならいいよな。

そう、思っていたのに。

 

こんな風に、ぽろりと想いを漏らしてしまうなんて。

 

 

気持ち悪がられるのも、嫌いだと直接言われるのもイヤで、俺は卑怯にもそのまま彼に背を向けて逃げ出す。

だけど、数歩も進まないうちに腕を思いきり引かれた。

 

たたらを踏んで倒れこんだ先は、鍛えているのが服の上からでも分かるほど引き締まった身体。

ふわりと薫ってきた微かに甘さを感じる香りが、中嶋さんに抱きとめられた事実を俺に伝える。

 

「っ、放してください!」

「駄目だ」

「・・・・・放せっ!!」

 

バタバタと闇雲に手を動かし、相当暴れているのに中嶋さんの力が弱まる様子はなかった。

 

この拘束から抜け出さなければ、何を言い出すか分からない。

隠し続けていた想いがこれ以上、口から零れ落ちる前に、どうか放して。

 

くっ、と喉の奥で鳴ったのは飲み込んだ嗚咽か。

泣きたいのか、叫びたいのか、わけが分からなくなった俺の耳に届いたのは、小さなため息だった。

 

「・・・・・・・・・・・こんなことなら遠慮するんじゃなかった」

 

遠慮って、何を。

中嶋さんの言葉の意味を考える暇もなく、身体を無理やり反転される。

 

少し上から俺の顔を覗き込むようにして見つめてくる瞳は、いつもの冷静さを欠いているように見えた。

 

どうしてかは分からない。

だけど、俺が逃げることを許さないと告げているような鋭い視線は、何処か余裕がないように感じられた。

 

 

「逃げるな」

「っ」

「何故、逃げる?」

「だ、って・・・・気持ち、悪い・・・でしょう?」

 

みっともないぐらい、声が震えている。

 

好きな人に、そんな風に思われたくない。

嫌われたくないし、出来ればいい後輩のままで居たかったんだ。

 

ずっと、彼の隣に居られるのなら、それで良かった。

想いが伝えられなくても、好きだと言えなくても。

避けられるより、その方がよっぽど良かった。

 

だって俺は、軽蔑されたくもなければ、中嶋さん本人の口から引導を渡されるようなことを言われたくなかったから逃げだそうとしたんだ。

それなのに、中嶋さんは俺を逃がさないとでもいうように強い力できつく抱きしめる。

 

「・・・・放して下さい」

「駄目だと言っただろう?」

「っ、何でですか・・・っ」

「遠慮する必要がないと知って、俺がお前を放すとでも?」

 

さっきから、この人は一体何を言っているんだろう。

彼の言葉の半分も意味が分からなくて、俺は恐る恐る中嶋さんと視線を合わせる。

 

そこにあったのは、侮蔑の色を浮かべる瞳でも、馬鹿にする表情でもない。

目を逸らすことも出来ないほど、強い意志を湛えたような瞳だった。

 

「な、か・・・じま、さ・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・お前は、気づいていると思っていた」

「なに、を・・・・」

「だから、文句も言わずに買い出しにつき合っているんだと・・・・俺を可哀想にでも思っているのかと思っていた」

「っ、なんの話ですか!?」

 

さっぱり話が見えない。

 

それどころか、まるで俺が悪いことでもしているみたいな顔をするのは止めてくれ!

その整った顔で切ない表情を浮かべられたら、どうしていいか分からないじゃないか!!

 

泣きたいのも、文句を言いたいのも、手を放して欲しいのも俺だっていうのに。

中嶋さんがそんな顔をするのは、卑怯以外の何でもないと思う。

 

悔しさと理解不能な想いが相まって、どうにか顔を背けようとした途端、頬に指が伸ばされる。

すらりとした、綺麗な指先。その手が頬に触れたのだと理解した俺は、思わず動きを止めた。

 

「同情、じゃないのか?」

「なに言ってるんです?」

「・・・・・・・・違うというのなら、遠慮はいらないな?」

「だから、な・・・・」

 

彼の言いたいことの半分も、いや、欠片も分からない。

悪戯に惑わすようなことを言うのは止めてくれ。

 

そう告げようとした言葉は、俺の口から出ることはなかった。

 

きっと、それは中嶋さんの口腔に飲み込まれてしまったから。

 

「ん・・・・・っ」

「逃げるな、遠藤」

「や、・・・・・」

 

キス、され・・・・て、る・・・・?

 

信じられない。

そんな思いを崩すほど、優しく何度も何度も触れてくる口唇。

 

驚きで見開いた目に映るのは、伏せられた瞳で。

ずっと焦がれていた彼の顔が、何より近くて鼓動が跳ね上がる。

 

耳に届くのは、探ってくる舌先の濡れた音か。

優しい、くすぐるような触れ方だったキスの始まりとは裏腹に徐々に深くなるそれは、吐息すら奪うようなものだった。

 

「ふ・・・・ぁ、・・・っ」

「・・・・・・・・・煽るな、そんなに」

「ぅ、ん・・・・」

「遠藤」

「・・・・・・・な、に・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・好きだ・・・・」

 

 

今、なに、を?

 

「あ・・・・・、ぅ・・・・・」

「俺のものになれ、遠藤」

 

此処がどこなのか。

何故キスされているのか。

 

場所も理由も、気にならないほど重い言葉。

 

俺はこの人を、手放さなくていいのか。

この人を、諦めなくていいのか。

 

そんな想いと共に伸ばした指を絡め取られ、一層きつく抱きしめられた。

 

 

「嘘、じゃ・・・・ない?」

「嘘をついて何の得がある」

「だって・・・・諦めなきゃ、って・・・・ずっと思ってた」

 

口唇の間で囁いた言葉は、小さいけれど彼の耳に届いたのだろう。

 

それは俺のほうだ。

自嘲のような響きを含んだ返ってきた言葉の意外さに、思わず顔を見上げれば彼は苦笑にも似た表情を浮かべた。

 

 

「お前は伊藤が好きなんだと思っていたんだが?」

「っ、啓太はそういうんじゃないです!」

「・・・・・みたいだな」

「え?」

「俺としたことが、読み違えるとは」

 

ふっ、と微かに笑った中嶋さんは、そのまま俺の口唇を指先でなぞる。

交わしたキスのせいで濡れたそこは熱を持っていて、彼の指が冷たく感じられた。

 

「好きだ」

「ホントに?」

「随分と疑り深いな」

「だって・・・・」

「お前しかいらない。だから俺のものになれ」

「・・・・・・っ」

「まだ何か不満か?」

 

近づいてきた顔は、鼻先が触れ合うほどの距離で止まる。

いつもはキツい眼差しが微かに和らいでいて、その意味に思い当たった途端に熱が上がった気がした。

 

俺を見ているから。本当に俺を好きだから、この人は柔らかな表情を浮かべている。

それが凄くうれしくて、その想いが愛しくて。言葉にならず、俺はかろうじて首を横に振った。

 

「不満がないなら、俺のものになるんだな?」

「・・・・・・は・・・」

「はい、以外は聞いてやらない」

 

言葉に詰まったままの俺の答えなど待たず、中嶋さんは少しだけあった距離を一気に埋めた。

ゆっくりと触れてくる口唇は、それでも何処か強引で息もつかせぬほど甘い。

 

あぁ、この人はやっぱり帝王だ。

人の戸惑いなど吹き飛ばすほどの、押しの強さ。

 

でもそれは、好きな想いを隠し続けていた辛い過去を思えば幸せなものでしかない。

 

「・・・・・・・・好き、です」

「遠藤・・・・」

「中嶋さんが好き」

 

 

カラン、とコンクリートに落ちて跳ねた缶の音より大きく聞こえた、俺の囁き。

 

それに応えるように、強い力で握ってきた中嶋さんの手は。

さっきとは違って、夏の日差しに負けないぐらい熱くなっていた。

 

 

 

 

俺はきっと忘れない。

すべてが変わった、この夏を。

 

 

彼が俺を好きだと言ってくれた、この季節を。

 

 

 

 

Thanks!25609hit written date 07/08/25

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